信州大学教職支援センター 荒井英治郎研究室

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【連載「コンパス」第8回】「無力感日常化するヤングケアラー 声なき声 聴こうとしなければ」

【連載「コンパス」第8回】

「無力感日常化するヤングケアラー 声なき声 聴こうとしなければ」

 

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 世の中には、見ようとしないと見えないことが多々ある。 子どもの声なき声も、聴こうとしないと聴こえない。

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 2021年6月30日付の『信濃毎日新聞』の「教育面」( コンパス)に、第8回目の連載原稿を寄稿しました。

 


今回のテーマは、「ヤングケアラーに対するケア」です。

 

 困難家族(身体・知的障害や精神疾患・依存症の父母、 要介護状態の祖父母)の世話や介護、 幼いきょうだいの見守りをしている18歳未満の「 ヤングケアラー」。 

 


 18歳以上から30代までの「若者ケアラー」、 それ以上の世代である「ケアラー」 に対する支援のあり方も改めて検討すべきだと考えていますが、 子どもの育ちのありように「ケアリング」 が中長期にわたって多大なる影響を与えうる点は看過してはなりま せん。

 


 私たちは「生まれ」を選べませんから、実態把握で足踏みせず、 実効力ある方策を早急に講じる必要があります。
自治体別の実態調査と世代・ケアレベル別分析を前提として、 改革メニューは、公的サービス(介護保険障害福祉など) の再検討、家事支援サービスやレスパイトケアの補助制度の導入、 専門職の人材育成、相談体制・他機関連携体制の構築、 広報啓発の推進など、改革メニューは枚挙に暇がありません。
関心・興味のある方がいらっしゃいましたら、ご一読ください。

 

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「無力感日常化するヤングケアラー 声なき声 聴こうとしなければ」

 


 3個の目覚まし時計に助けられ、朝食作りがスタート。 健康観察カードに検温結果を記入し、 体操着や書道道具の準備を行う。 洗濯と夕飯の下ごしらえを終えて、 母親と祖母に声をかけたら家を出発。 今日は保育園の送迎もあるため、遅刻は確定。これは、 親の姿ではない。園児の妹と小学生の弟を持つ、 多重介護者の女子高校生の姿である。

 

困難家族(身体・知的障害や精神疾患・依存症の父母、 要介護状態の祖父母)の世話や介護、 幼いきょうだいの見守りをしている18歳未満の「 ヤングケアラー」。政府の実態調査によれば、 公立の中学2年生の5・7%(約17人に1人)、 公立の全日制高校2年生の4・1%(約24人に1人)が「 世話をしている家族がいる」と回答、1クラスに1、 2人いる推計となる。

 


 家事に追われる日々は、 睡眠不足という健康問題もさることながら、 自分の時間や勉強の時間、友人との時間など、「青春」 の1ページを刻むことを難しくする。事の本質は、「 家族の世話を自分(だけ)が見るのは、普通で、当たり前である」 と当然視し、 大人の責任を引き受けている理不尽な状況に疑問を抱かなくなるな ど、「非日常」が「日常」化していくことにある。自分が「 ケアラー」であることを自覚していない子も一定数おり、「 誰かに相談するほどの悩みではない」と、 その境遇を無前提に受け入れてしまう。

 


ケアラーの心理は、支援を求める切迫期から、「ケアラー」 としての社会的スティグマ(不名誉な烙印) を忌避するジレンマ期を経て、「 相談しても状況が変わるとは思わない」と、 無力感が日常化する絶望期へと辿り得る。「やりたくても、 できないこと」が、「やらなくても、我慢できること」「 やるべきではないこと」、「やりたいことは特にない」 へと変わっていくのである。

 

子は「生まれ」を選べない。実態把握で足踏みせず、 実効力ある方策を早急に講じる必要がある。 自治体別の実態調査と世代・ケアレベル別分析を前提として、 公的サービス(介護保険障害福祉など)の再検討、 家事支援サービスなどの補助制度の導入、専門職の人材育成、 相談体制の構築、広報啓発の推進など、 改革メニューは枚挙に暇がない。

 


 SOSという遭難信号に応答するためには、 モールス符号の理解が不可欠である。世の中には、 見ようとしないと見えないことが多々ある。子どもの声なき声も、 聴こうとしないと聴こえない。
(あらい・えいじろう 信州大教職支援センター准教授)
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