信州大学教職支援センター 荒井英治郎研究室

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【連載「コンパス」第12回】「189番 ためらってはならない 虐待の有無は専門機関が判断」

【連載「コンパス」第12回】

「189番 ためらってはならない 虐待の有無は専門機関が判断」

 

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原因を特定の個人(家族や親)に求める視点を過度に強調すればするほど、課題解決は遠のいていく。

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 2021年11月24日付の『信濃毎日新聞』の「教育面」(コンパス)に、第12回目の連載原稿を寄稿しました。
 

 今回のテーマは、「児童虐待」です。虐待の通告義務は、虐待を「受けたと思われる」児童の発見者に課せられています。虐待の確証がなくても「疑いがある」という主観的印象で構いません。虐待の有無を判断するのは専門機関であり、間違っても構いません。刑事上・民事上の責任は基本的に問われません。守秘義務違反にもなりません。通告は子ども救済を最優先し、結果として保護者支援にも道を拓く意義を持つ行為です。ためらってはなりません。
関心・興味のある方がいらっしゃいましたら、ご一読ください。

 

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「189番 ためらってはならない 虐待の有無は専門機関が判断」

 

 「親は悪くない。暴力を振るわれたのは、自分が悪いから」。日常化する虐待。保護者をかばう子どもたちの発言には、言葉を失う。

 

 殴る蹴るなどの暴行を加える、わいせつ行為を強要する、適切な衣食住の世話をせず放置する、拒否的態度をとる。これらは児童虐待防止法上の虐待であり、身体的虐待、性的虐待、ネグレクト、心理的虐待に位置づけられる。また、冬に家の外に長時間締め出す、ポルノグラフィーの被写体を強要する、病気なのに医師に診せない、暴言を吐いたり無視したりする。これらも虐待である。

 

 2020年度の児童相談所での相談対応件数は20万5029件にのぼり(速報値)、1990年度の統計開始以来、30年連続で最多更新中である。最も多いのが心理的虐待であり「面前DV」(子どもの目の前でDVを見せること)に関する警察などからの通告の増加が主な要因として指摘されている。

 

 虐待は、「からだ」だけでなく「こころ」にも深刻な影響を与える。例えば、文科省公表の「学校・教育委員会等向け虐待対応の手引き」では、外傷、栄養障害、体重増加不良、低身長といった「身体的影響」、安心できない環境で日常生活を強いられ、知的発達が十分得られない「発達的影響」、他者への愛着関係の形成が困難となる「心理的影響」が挙げられている。

 

 抵抗が困難な閉鎖的空間における親密圏での虐待は、自分以外の他者や社会に対する信頼感だけでなく、自分という唯一無二の存在をありのままに受け入れる自己肯定感の醸成にまで影を落とす。

 

 虐待の通告義務は、虐待を「受けたと思われる」児童の発見者に課せられている。虐待の確証がなくても「疑いがある」という主観的印象で構わない。虐待の有無を判断するのは専門機関であり、間違っても構わない。刑事上・民事上の責任は基本的に問われない。守秘義務違反にもならない。通告は子ども救済を最優先し、結果として保護者支援にも道を拓く意義を持つ行為だからである。ためらってはならない。

 

 11月は、児童虐待防止推進月間である。警察は110番、火事や救急は119番、虐待は189番。「愛情」と「虐待」は隣り合わせにあるという認識を189(いちはやく)しなければならない。ただ、原因を特定の個人(家族や親)に求める視点を過度に強調すればするほど課題解決は遠のいていく。「いちはやく」尊厳を尊重する互助・共助・公助の仕組みの再構築に着手せねばならない。

(あらい・えいじろう 信州大教職支援センター准教授)