信州大学教職支援センター 荒井英治郎研究室

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【連載「コンパス」第9回】「子どもの自殺 高止まりの日本 大人は寄り添えているのか」

【連載「コンパス」第9回】

「子どもの自殺 高止まりの日本 大人は寄り添えているのか」

 

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子どもを「変える」前に、大人が「変わる」

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 2021年8月4日付の『信濃毎日新聞』の「教育面」( コンパス)に、第9回目の連載原稿を寄稿しました。

 


今回のテーマは、「子ども自殺」です。

 

学校では、自殺総合対策大綱に基づき「SOSの出し方教育」 が努力義務化されていますが、子どもを「変える」前に、大人が「 変わる」ことが必要です。

 


 ゲートキーパー(命の門番)の役割を果たすのは、 私たち大人の日々の「言葉かけ」と「振る舞い」なのです。

 


 セーフティ・ネットは、 安全性だけでなく安心感が確保されて初めて機能します。 関係性という糸の結び目が綻びていないか、 子どもの心に向き合い寄り添えているのか、 全ての大人に課された夏休みの「宿題」です。関心・ 興味のある方がいらっしゃいましたら、ご一読ください。

 

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「子どもの自殺 高止まりの日本 大人は寄り添えているのか」


 ドイツの哲学者ショーペンハウアーは、自殺は「 生きようとする意志」を否定した結果ではなく、 その意志に執着しているがためになされる行為と捉えた。 死を選んだ子どもは「死にたかった」のではなく、「 生きたかった」のではないか。

 


 自殺対策基本法が改正され早5年が経過した。 自殺者総数は減少傾向にあるが、子ども自殺は高止まりしている。 厚生労働省の公表データ(昨年8月)によれば、 自殺者数は前年比で男性1・1倍、女性1・ 4倍と女性の増加幅が顕著となり、また、 男女ともに子ども自殺が急増し、女子中学生が4倍、 女子高校生は7・3倍となった。 子どもの自殺死亡率の高水準は先進国で日本だけであり、「 自殺大国日本」という不名誉なレッテルも貼られている。 子ども世代が自殺に追いやられる国に、 希望の光を見いだすことは難しい。

 


 原因は単純ではない。原因を断定しようとすると、 問題の本質が見えなくなる可能性すらある。例えば、 子ども自殺の報道は、原因として「いじめ」 を第一に挙げることが多いが、実相は異なる。自殺要因の上位は、 小学生では家庭におけるしつけ・叱責や親子関係の不和といった「 家庭問題」、中学生では授業についていけない等の「学業不振」、 高校生では進路の悩みやプレッシャー等の「進路問題」 となっており、自殺は親子関係や教員の指導姿勢など、「子ども」 と「大人」 の日常的なコミュニケーションのあり方と無関係ではないのである 。

 


 学校では、自殺総合対策大綱に基づき「SOSの出し方教育」 が努力義務化された。その必要性は論をまたないが、子どもを「 変える」前に、大人が「変わる」ことが必要である。 アメリカの社会学者フィリップスが提起したウェルテル効果( マスメディアの自死報道に影響を受け、 特に若年層の自殺が増加する模倣連鎖現象)を踏まえれば、 ゲートキーパー(命の門番)の役割を果たすのは、 私たち大人の日々の「言葉かけ」と「振る舞い」なのである。


 セーフティ・ネットは、 安全性だけでなく安心感が確保されて初めて機能する。 日々のつまずきや生きづらさ等が蓄積し、 ストレス反応が転化した結果、心の病が死を選ばせようとする。「 自殺はダメ」「命を大切に」というフレーズの強調は、 ハイリスクの子どもにはむしろ逆効果となる。 関係性という糸の結び目が綻びていないか、 子どもの心に向き合い寄り添えているのか、 全ての大人に課された夏休みの宿題である。
(あらい・えいじろう 信州大教職支援センター准教授)
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