【連載「コンパス」第53回】「学ぶ環境 整えることは「ずるい」? 困難解消 みんなの安心に
学ぶ環境をととのえることは、「ずるい」か?
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2026年7月20日付の『信濃毎日新聞』の「教育面」(コンパス)に、第53回目の連載原稿を寄稿しました。
今回のテーマは、「環境調整」です。
子どもの学習環境を整えることをめぐっては、周囲の子どもから「ずるい」と受け止められたり、保護者から「えこひいき」と指摘されたり、同僚から「甘やかし」と見なされたりすることがありますが、環境調整の本質は、特定の子どもだけを「有利」にすることではなく、その子どもが学びに参加するための「条件」を整えることにあるはずです。
であるにもかかわらず、なぜ私たちは、その困難に応じた支えを用意することにためらいを感じるのでしょうか。
環境調整は、特定の子どもだけを支えるものではなく、他の子どもにとっても学びやすい環境をつくることにも寄与するという捉え、さらには、「あの子」の切実な困り感に向き合うことから始まった挑戦は、やがて教室や学校全体の「みんな」の安心へとつながり得るという捉えが大切です。
環境調整は、「ずるい」ことでも、「えこひいき」でも、「甘やかし」でもありません。
環境調整は、子どもの困り感という障壁を取り除くだけの行為に留まりません。
環境調整は、大人が無意識のうちに閉ざしていた、子ども本来の力が発揮される扉を開き、子どもの未来を再び拓いていく営みです。
どのようにすれば、その子が学びに参加できるのか?
共に知恵を絞っていきたいです。
関心・興味のある方がいらっしゃいましたら、ご一読いただき、ご感想・ご意見をお寄せください。
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【連載「コンパス」第53回】「学ぶ環境 整えることは「ずるい」? 困難解消 みんなの安心に
「特別扱い」してよいのか─。
子どもの学習環境を整えること、すなわち環境調整を巡って、学校関係者はしばしば自問する。座席を前方または後方に配置する。板書を写真で記録する。別室で気持ちを落ち着かせる時間を設ける。提出方法を変更する。こうした取り組みは、周囲の子どもから「ずるい」と受け止められたり、保護者から「えこひいき」と指摘されたり、同僚から「甘やかし」と見なされたりすることがある。
しかし、環境調整の本質は、特定の子どもだけを「有利」にすることではない。その子どもが学びに参加するための「条件」を整えることにある。眼鏡を必要とする子どもに、裸眼で努力すべきだと言うだろうか。足にけがをした子どもに、他の子どもと同じ速さで走るべきだと言うだろうか。では、読むこと、聞くこと、書くこと、集団で過ごすことなどに困難を抱える子どもに対して、なぜ私たちは、その困難に応じた支えを用意することにためらいを感じるのだろうか。
まず確認すべきは、環境調整は、特定の子どもだけを支えるものではないという点である。指示を視覚化する。活動の見通しを示す。静かに考える時間を保障する。複数の選択肢を用意する。こうした工夫は、他の子どもにとっても学びやすい環境をつくる。さらに、教師が教育的意図を持って関わることで、教室の中に互いの「違い」を認め合う空気を生み出す可能性を持つ。「あの子」の切実な困り感に向き合うことから始まった挑戦は、やがて教室や学校全体の「みんな」の安心へとつながっていく。
もちろん、子どもの実態に応じて学びの条件を整えることは、あらゆる要望を無条件に認めることではない。本人や保護者の思い、学習・生活上の必要性、周囲への影響、実施の持続可能性を丁寧に見極める必要がある。しかし、今求められているのは、「公平か否か」「特別に許可すべきか」という発想にとどまることではない。「どのようにすれば、その子が学びに参加できるのか」という問いを中核に据えながら、共に知恵を絞る姿勢である。
環境調整は、「ずるい」ことでも、「えこひいき」でも、「甘やかし」でもない。それは、子どもの困り感という障壁を取り除くだけの行為ではない。大人が無意識のうちに閉ざしていた、子ども本来の力が発揮される扉を開き、子どもの未来を再び拓いていく営みなのである。
(あらい・えいじろう 信州大教育基盤構築センター准教授)





