信州大学教職支援センター 荒井英治郎研究室

信州大学教職支援センター 荒井英治郎研究室に関するブログです。

【巻頭言】「『問い』を問い続けること」『 信州大学教職支援センター ニューズレター』第18号(2020年夏号)

【巻頭言】「『問い』を問い続けること」『 信州大学教職支援センター ニューズレター』第18号(2020年夏号)


所属先の教職支援センターの『ニューズレター』第18号( 2020年夏号)に、「『問い』を問い続けること」 と題した巻頭言を寄稿しました。

 


長野県では本日から2学期がスタートするところが多いようですが 、ご関心のある方は、ご一読いただき、 以下の問いに向き合っていただく機会になればと思っております。


・「学びを止めるな」のスローガンの「学び」とは、何か?
・教育関係者が「とりもどす」べきものは、何か?
・教育行政が、伝えるべきことは、何か?

 

 


以下、全文を転載しておきます。


------------------------------ ------------------------------
「問い」を問い続けること


信州大学教職支援センター
荒井英治郎


 ウィズ・コロナの時代は、 まさに予測困難性を象徴するVUCA時代の到来を体現するもので ある。
 
 新型コロナウイルスの感染拡大に伴う学校休校の長期化や外出自粛 は、子ども・若者の日常生活の送り方、心の保ち方、 学びのあり方に大きな影響を与えた。 与えられた目的の中で大量の情報を高速処理するAIの存在ととも に、これからどのような未来社会を創っていくことができるのか、 私たち人間には人生の目的それ自体のあり方が問われているのであ る。


 これまでの学びは、教科書の内容を計画的にこなし、 知識をインプットする授業が中心だった。これに対して、今後は、 知識の習得・活用を前提としながら、学習者が自ら設定した「 問い」に向き合い、思考を深め、 思考したことを多様な方法を通じてアウトプットしていくことが重 視されている(思考の外化)。そして、 ここに多様な評価の観点が入ることで、学習者自身が自分の成長( 変容)を認識し、 主体的に次のステップを踏み出していく展開が期待されている。
 
 VUCA時代において一番恐れるべきことは、 投げかけられている「問い」に向き合うことができず(をせずに) 、「思考停止」に陥ることである。何のための、 誰のための取り組みか、という教育実践の「哲学」 を真摯に問い続けなければ、さらなる混乱が生じるだけでなく、 最も支援が必要な子どもたちに「しわ寄せ」 が及ぶ可能性があることに、 私たちはより自覚的である必要がある。


 例えば、「学びを止めるな」のスローガン。 このスローガンを前に私たちが問い直さなくてはならないことは、 そもそもこれまでの「学び」は妥当だったのかという問いである。 私たちは子どもたちに「適切な」 学びの機会を十分に保障できていたのだろうか。「止めるな」 とされる学びの対象は、「従来」の学び(のスタイル) でいいのだろうか。


 さらに、学校再開後に私たちの脳裏をよぎる「とりもどす」 という感覚。学校再開後に教育関係者が「とりもどす」 べきものは何か。学習の「遅れ」と即断しては、 この問いが投げかけるより本質的なものを見失うことになる。 学校再開後に何よりも「とりもどす」べきものは、 子どもと教員が紡いできた「心理的安全性」( psychological safety)を確保することであったはずである。そして、 これから教育関係者が一丸となって志向すべき方向性は、学びの「 進度」だけではなく、学びの「深度」(深まり)ではなかろうか。


 ところで、コミュニケーションの語源はラテン語の「コムニス」( communis)であるが、その意味するところは、 話し手と聞き手の間に感情や情報が共有されることにある。


 では、 休校中に課題や宿題のプリントを渡された子どもたちや保護者は、 何を感じたのだろうか。学校や教育委員会は、「紙」や「メール」 等を通じて、 子どもたちや保護者にいかなるメッセージを伝えようとしただろう か。果たして、教育関係者は子どもたちや保護者の不安( 生活の不安、心の不安、学びの不安)に寄り添い、 安心感を与えることはできていただろうか。何を伝えようとし、 何が伝わったのか。相手に何かを「伝える」ためには、 その方法もさることながら、相手に「伝わる」 言葉選びも重要となることは言うまでもない。


 学校現場の試行錯誤が「見える化」(可視化) されていないことから、学校不信・教育不信・ 社会不信が蔓延しつつある。 教育行政は挑戦のためにリスクを取ろうと奮闘している学校関係者 のモチベーションをどのように維持できるか、 条件整備の役割を担うべき教育行政の見識が改めて問われている。


 COVID-19は、私たちに何を投げかけているのか。「問い」 は尽きることがないが、向き合い続け、 問い続けなければならない。 それはVUCA時代における教育関係者の社会的使命なのではない かと思う。
 
 自戒を込めて。
------------------------------ ------------------------------