信州大学教職支援センター 荒井英治郎研究室

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【連載「コンパス」第35回】「目の前の子にどう向き合うか─唯一無二の他者へ敬意を」

【連載「コンパス」第35回】「目の前の子にどう向き合うか─唯一無二の他者へ敬意を」

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 2024年4月27日付の『信濃毎日新聞』の「教育面」(コンパス)に、第35回目の連載原稿を寄稿しました。


 今回のテーマは「他者への敬意」です。

 

 怒涛の4月がもう直ぐ終わりますが、この段階での気の緩みは、禁物です。多様化する子どもに対峙する現場で、対人援助職のマインドとして切に求められていることは何でしょうか。頭では理解しながらも実践できていない、忙しさにかまけて誤魔化し、棚上げ・先送りしてしまっているものは、何でしょうか。

 

今回は、福祉・医療分野で紹介されることの多い「バイステックの7原則」(①「個別化の原則」、②「意図的な感情表出の原則」、③「統制された情緒関与の原則」、④「受容の原則」、⑤「非審判的態度の原則」、⑥「自己決定の原則」、⑦「秘密保持の原則」)に注目しながら、対人援助職の行動規範について考えてみました。

 

適切な一歩を踏み出すためにも、意識的に立ち止まり、新年度、自分はスタートラインにきちんと立てているか、省察が求められています。

 
関心・興味のある方がいらっしゃいましたら、ご一読ください。

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【連載「コンパス」第35回】「対人援助職の行動規範─他者への敬意から」

 

 

 目の前の子どもに、私たちは、どう向き合うべきか。自分の成功経験に基づく良かれと思っての助言やエールが、残念ながら子どもの将来の可能性を狭めたり、苦しめてしまったりする。もちろん、その一言が子どもの今を大きく飛躍させ、未来を照らす人生の言霊となることもある。終わりはなく悩みは尽きないが、極めてやりがいを感じる営み。対人援助職たる教育関係者が「省察的実践家」と位置付けられる所以でもある。

 

 

 コミュニケーションにおける受容・共感・傾聴の重要性はつとに指摘されるが、その意味することは、それほど単純なものではなく、葛藤と隣り合わせである。例えば、対人援助職の行動規範として福祉・医療分野で紹介されることの多い「バイステックの7原則」。米国の社会福祉学者フェリックス・P・バイスティックが提唱したものであるが、自分の振る舞いを省みるのに有益である。

 

 

 7つの原則とは、①安易なラベリング・カテゴライズ・ステレオタイプに留意した上で、かけがえのない「一人の人間」と真摯に向き合っていく「個別化の原則」、②感情にはプラスもマイナスもあることを前提として捉え、自由に感情表現できる環境づくりや雰囲気づくりを進めていく「意図的な感情表出の原則」、③共感しつつも感情移入しないなど、自分の感情の変化を自覚しながらコントロールしていく「統制された情緒関与の原則」、④相手の態度・行動を自分の先入観・偏見によって否定せず、事実として受け止め尊重していく「受容の原則」、⑤自分の価値観・倫理観・道徳観に基づく一方的な判断を厳に慎む「非審判的態度の原則」、⑥相手が最終的に物事の選択・決定を行うことを支えていく「自己決定の原則」、⑦支援の過程で知り得た秘密を厳守する「秘密保持の原則」である。

 

 

 いずれも対人援助職のマインドとして重要であることは言うまでもない。では、多様化する子どもに対峙する現場で、切に求められているものは、どれであろうか。頭では理解しながらも実践できていない、忙しさにかまけて誤魔化し、棚上げ・先送りしてしまっているものは、どれであろうか。

 

 

 怒涛の4月が終わるが、この段階での気の緩みは、禁物である。日頃のメンテナンスが必要なのは、自身の心と体だけではなく、他者との関係性もである。唯一無二の異質な他者への敬意。この前提は、大人であろうが、子どもであろうが、関係ない。新年度、スタートラインに立てているだろうか。


(あらい・えいじろう 信州大教職支援センター准教授)
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