信州大学教職支援センター 荒井英治郎研究室

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【連載「コンパス」第14回】「性暴力は子どもの権利侵害 「組織」の問題として襟正せ」

【連載「コンパス」第14回】

「性暴力は子どもの権利侵害 「組織」の問題として襟正せ」

 

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子どもに寄り添い共感的に指導することと、物事を自分の都合で主観的に捉えることは、似て非なるものである。

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 2022年2月16日付の『信濃毎日新聞』の「教育面」(コンパス)に、第14回目の連載原稿を寄稿しました。

 

今回のテーマは、「性暴力」です。性暴力は、単なる「不祥事」の一形態ではなく、子どもの尊厳を踏みにじり、教育を受ける権利さえも剝奪しうる、重大な「子どもの権利侵害」ですから、子どもを守り育てる教育関係者の本務を忘れてはならないとの強い気持ちを込めて執筆いたしました。関心・興味のある方がいらっしゃいましたら、ご一読ください。

 

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「性暴力は子どもの権利侵害 「組織」の問題として襟正せ」

 

 教育現場のわいせつ行為は「非違行為」として処理され、刑事・民事上の法的責任も問われることがあるが、加害者を人事管理上の懲戒免職処分とし学校から排除すれば解決かと言われれば、そうではない。子どもの心身の傷は、生涯にわたり残り続けるのである。

 2021年6月、「教育職員等による児童生徒性暴力等の防止等に関する法律」が公布された。ここでの「性暴力等」は、刑法177条の「強制性交等罪」が規定する性交等を指し、子どもの同意や暴行、脅迫等の有無は問わない。法的対象は、学校に在籍する幼児児童生徒だけでなく、18歳未満の者、すなわち、在学の子ども以外も含む。また、性暴力等により教員免許状が失効・取上げとなった「特定免許状失効者等」の再授与に関して、教育委員会に再交付の可否を判断する裁量権を認め、職業選択の自由も考慮した厳格かつ適正な手続きを求めた。
同法には性暴力の抑止効果が期待されているが、コンプライアンスの厳命だけでは不毛に終わる。法令順守が自己目的化すると、なぜ守らなければならないのかといった法を下支えする社会的要請の本質を見誤りやすいためである。

 

 性暴力の背景には、心理や行動の病的傾向の他、自分を客観視できなかったり、被害者の気持ちを推し量ることができないなど、自己認識の甘さや他者理解の欠如等も指摘されることが多い。そして、立場の不均衡(子どもと大人、児童生徒と教員)、告発を躊躇させる権力関係(公にしたくない、どうせ言っても無理、評価に影響するなど)、加害を正当化する「思い込み」(相手も望んでいる、そんなつもりはなかったなど)が絡み合い、加害者責任は隠蔽されがちである。ただ、子どもに寄り添い共感的に指導することと、物事を自分の都合で主観的に捉えることは、似て非なるものである。「無自覚」を「自覚」すべきである。

 

 他方で、わいせつ行為の原因を加害者の「個人」の問題として矮小化せず、「組織」の問題として捉え直す視点も重要である。性暴力は確率論的に低い発生事案であっても、加害者のみならず業界全体の社会的信用も失墜させる。教育関係者は、「他人事」でもなく、「自分事」でもなく、「自分たち事」として襟を正す必要がある。

 性暴力は、単なる「不祥事」の一形態ではなく、子どもの尊厳を踏みにじり、教育を受ける権利さえも剝奪しうる、重大な「子どもの権利侵害」である。子どもを守り育てる教育関係者の本務を忘れてはならない。
(あらい・えいじろう 信州大教職支援センター准教授)
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