信州大学 教育基盤構築センター 荒井英治郎研究室

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【連載「コンパス」第50回】「感情労働を支える制度を─職務上求められる振る舞いを管理・調整」

【連載「コンパス」第50回】「感情労働を支える制度を─職務上求められる振る舞いを管理・調整」
 
「あの先生は、いつも穏やかで、笑顔。それに対して…‥」といった教育談義は、感情労働を個人の資質や努力に委ねている点で、「やりがい搾取」に加担している側面も否定できない。

 

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 2026年2月23日付の『信濃毎日新聞』の「教育面」(コンパス)に、第50回目の連載原稿を寄稿しました。


今回のテーマは、「感情労働」(emotional labor)です。

 

 教師は「表出演技」と「深層演技」という2つの演技を行い、他者の行動に心を砕きながら、自分の感情に折り合いをつけています。前者は、内心とは異なる感情(笑顔や熱意など)を表に示し、後者は、自分の内側の感情そのものを教育的に意味づけ直す行為です。教師はまさに、この感情労働を日常的に遂行しているといってよいです。

 

 しかし、感情や表現を管理・調整し続ける行為は、エネルギーを消耗させ、強い疲労感につながるリスクも伴います。特に「一律・平等・公平たれ」といった感情規範を求めがちな学校制度は、感情管理を強化する方向に作用しやすいです。

 

「教師を支える」とは、業務量や時間外勤務の削減だけを意味しない。感情労働を教師の専門的技能として言語化し、組織として支えていく制度設計が、いま求められています。


 関心・興味のある方がいらっしゃいましたら、ご一読いただき、ご感想・ご意見をお寄せください。

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【連載「コンパス」第45回】「感情労働を支える制度を─職務上求められる振る舞いを管理・調整」

 

いつも穏やかで、子ども一人一人に気を配る教師。私語が続く場面でも、即座に声を荒げるのではなく、あえて声量を落とし、静かに想いを伝える。怒りの感情を単に抑えたのではない。学びの場を成立させるために、衝動的な感情を組み替え、「いま、子どもたちにとって必要な表情や言葉は何か」を踏まえて、別の表現を意識的に選び取ったのである。


こうした教師の感情の調整は、子どもとの関係にとどまらず、ときに理不尽に感じられる保護者や同僚との関係づくりにも及ぶ。この姿は、教師の「性格」や「適性」に由来するものではない。感情労働は、仕事として求められている振る舞いであり、仕事の周縁ではなく中核をなすものである。この専門的判断は、単純に時間では測れない。


米国の社会学者ホックシールドは、このような仕事を「感情労働」(emotional labor)と呼び、職務上求められる感情を自分の内側で整え、それを外に表出する働きとして捉えた。感情は自然に湧き上がるものではなく、職業上、求められ、管理されるものであるという。


感情労働理論によれば、教師は「表出演技」と「深層演技」という2つの演技を行い、他者の行動に心を砕きながら、自分の感情に折り合いをつけている。前者は内心とは異なる感情(笑顔や熱意など)を表に示し、後者は、自分の内側の感情そのものを教育的に意味づけ直す行為である。教師はまさに、この感情労働を日常的に遂行しているといってよいだろう。


しかし、感情や表現を管理・調整し続ける行為は、エネルギーを消耗させ、強い疲労感につながるリスクも伴う。教師も人間であり、バーンアウト(燃え尽き症候群)は決して対岸の火ではない。とりわけ「一律・平等・公平たれ」といった感情規範を求めがちな学校制度は、感情管理を強化する方向に作用しやすいことは想像に難くない。


感情労働の集合体として成り立つ教師の仕事。それは「悪」どころか、子どもたちの安心や学びを支え、教育の質を左右する価値ある専門性でもある。問題は、その労働が個人の性格や献身性に回収され、「見えない仕事」のまま美談として語られ、いつしか忘却される点にある。

 

「あの先生は、いつも穏やかで、笑顔。それに対して…‥」といった教育談義は、感情労働を個人の資質や努力に委ねている点で、「やりがい搾取」に加担している側面も否定できない。

 

「教師を支える」とは、業務量や時間外勤務の削減だけを意味しない。感情労働を教師の専門的技能として言語化し、組織として支えていく制度設計が、いま求められている。
(あらい・えいじろう 信州大教職支援センター准教授)
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