信州大学 教職支援センター 荒井英治郎研究室

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【連載「コンパス」第49回】「学校現場でも飽和状態の会議─意見を交わす意味 再考を」

【連載「コンパス」第49回】「学校現場でも飽和状態の会議─意見を交わす意味 再考を」


 
「その『ひとこと』は『ひとごと』ではない」


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 2026年1月12日付の『信濃毎日新聞』の「教育面」(コンパス)に、第49回目の連載原稿を寄稿しました。

 
 今回のテーマは「会議」です。

学校も例外なく、会議であふれています。
中国の漢語に由来する「会議」という言葉は、「会して(集まって)議する(意見を出し合う)」ことを意味する。しかし、今日の学校で、飽和状態にある会議の目的や意味は、どこまで共有されているでしょうか。

発言一つ一つに、どのような意味が与えられているでしょうか。

その「ひとこと」は、決して「ひとごと」ではありません。


会議には、情報共有型、意思決定型、調整・協働型、課題解決型、価値創造型、教育・研修型など、多様な姿があり、また、会議の「形式」も、ブリーフィング、ディスカッション、ワークショップ、ハイブリッド型の会議など、会議の形式は場の空気や参加者の感情に大きな影響を与えますが、参加者が安心して意見を述べられる心理的安全性(Psychological Safety)は、十分に確保されているでしょうか。

会議は、共につくり、共に支える場です。

 関心・興味のある方がいらっしゃいましたら、ご一読いただき、ご感想・ご意見をお寄せください。

 
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【連載「コンパス」第49回】

「学校現場でも飽和状態の会議─意見を交わす意味 再考を」

職員会、学年会、教務会、生徒指導会、進路指導会、支援会議、保護者会、学校評議員会、学校運営協議会――。学校も例外なく、会議であふれている。


「会議」という言葉は、中国の漢語に由来し、『史記』にも見られるように、「会して(集まって)議する(意見を出し合う)」ことを意味する。日本では、『五箇条の御誓文』で「広ク会議ヲ興シ万機公論ニ決スベシ」と記されたことで、広く定着したとされる。


しかし、今日の学校で、飽和状態にある会議の目的や意味は、どこまで共有されているだろうか。発言一つ一つに、どのような意味が与えられているだろうか。その「ひとこと」は、決して「ひとごと」ではない。会議は、本来、共につくり、共に支える場である。
会議には、いろいろな「目的」がある。職員会議や学年会では、事案と丁寧に向き合う「情報共有」の頻度が、その後の教育活動の質を左右する。校務分掌に関わる会議では、今後の方針や運用方法を定める「意思決定」の内容が、日々の実践のよりどころとなる。支援会議では、学校・学年・学級、さらには関係機関が担う役割を確認する「調整」や、責任を分有しながら進める「協働」が欠かせない。教育課程に関する会議では、「課題解決」や「価値創造」の観点が、これまで以上に求められている。


また、授業研究会では、実践から得られた気づきを軸に専門性を高める「リフレクション」の質が重要となる。このように、会議には、情報共有型、意思決定型、調整・協働型、課題解決型、価値創造型、教育・研修型など、多様な姿がある。


加えて、会議の「形式」も、多様化している。短時間で要点を共有するブリーフィング、意見交換を重視するディスカッション、創造的思考を促すワークショップ、オンラインと対面を併用するハイブリッド型の会議など、会議の形式は場の空気や参加者の感情に大きな影響を与える。


近年、働き方改革の名の下に、資料の事前配布や簡素化、会議時間の短縮、会議そのものの精選が進められてきた。一方、参加者が安心して意見を述べられる心理的安全性(Psychological Safety)が、十分に確保されているかは、なお疑問が残る。多様な発言が真摯に受け止められない居心地の悪い会議は、形骸化を招く。場づくりに心を砕くことは決して無駄ではなく、その空気は、やがて会議室の外へ波及していく。
そこに集まる意味、そこで意見を交わす意味、その会議が存在する意味。関係者が集い、伝え合い、同じ未来を思い描き、共に新たな価値を創造していく──。会議の本質と向き合ってみてはどうか。

(あらい・えいじろう 信州大教職支援センター准教授)
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