信州大学 教育基盤構築センター 荒井英治郎研究室

信州大学教育基盤構築センター 荒井英治郎研究室に関するブログです。https://araieijiro.sakura.ne.jp/もご覧下さい。

【連載「コンパス」第47回】「小さな言葉の重み 自覚を─「悪意がない」は免罪符にならない」

【連載「コンパス」第47回】「小さな言葉の重み 自覚を─「悪意がない」は免罪符にならない」

 

 本人にとっては、取るに足らない、些細で、曖昧で、何気ない、小さな言葉。しかし、相手にとっては、大きく、重く、深く心に傷が残る。

 

「悪意がない」ことは免罪符にはならない。善意も、時に暴力となる。

 

------------------------------
 2025年9月29日付の『信濃毎日新聞』の「教育面」(コンパス)に、第47回目の連載原稿を寄稿しました。
 
 今回のテーマは「言葉」です。

キャッチボールのコツは、ボールの「投げ方」と「捕り方」にあるそうです。

私は、野球は未経験者ですが、相手の気持ちを考えないキャッチボールは、続かないですし、楽しくないですし、何より気持ちが良くないですね。

自分が「当たり前」と思う価値観が相手と異なり得ることを受け入れること。
自分の価値観から生まれる素朴な言葉が、偏見や差別として相手を傷つけ得ることを自覚しておくこと。
自分の振る舞いが相手の心の背景にどのように届くかを想像すること。

想像は、新たな関係を創造する糸口にもなるはずです。

 関心・興味のある方がいらっしゃいましたら、ご一読いただき、ご感想・ご意見をお寄せください。


----------------------------
【連載「コンパス」第47回】「言葉の大きさと重さ─善意の暴力」


 「悪意はなくても、無意識に発せられる差別的・偏見的な言動や態度」を指す概念に「マイクロアグレッション」(microaggression)がある。


 心理学者スーは、これを三つに分類する。①意図的に相手を差別する「マイクロアサルト」、②無意識に特定の集団や個人を軽視する「マイクロインサルト」、③相手の経験や感情、アイデンティティを否定する「マイクロインバリデーション」である。①は従来の「差別」に近く、②は発した本人にとって「褒め言葉」でも、相手には侮辱となる。③は相手のマイノリティ属性を「大したことではない」と切り捨て、「あなたの経験や感情は存在しない」というメッセージが心をえぐる。気持ち、経験、存在が否定される感覚である。


 本人にとっては、取るに足らない、些細で、曖昧で、何気ない、小さな言葉。しかし、相手にとっては、大きく、重く、深く心に傷が残る。「悪意がない」ことは免罪符にはならない。


 言葉には、人種・性別・性的指向・障害・年齢・家庭環境と関わる偏見が容易に紛れ込む。「ハーフだけど日本語が上手だね」の褒め言葉は、出自を差別し本人の努力を否定してしまう別の顔を持つ。「男だったら泣かない」「女子なのに理系科目が得意」という言葉は、性別役割の押付けや性別による偏見の現れである。「父親の育休はエライ」という賞賛には、育児は母親が担うべきという無意識の前提が潜む。「珍しい名前だね」「一人っ子なのに協調性がある」といった発言は、アイデンティティや背景への無理解と無神経さを物語る。では、「今日は学校があるのに、どうしてお店にいるのか」の視線には、どのような偏見や前提が覆い被さっているだろうか。善意も、時に暴力となる。


 無意識の偏見に気づくことは、容易ではないが、できることもある。自分が「当たり前」と思う価値観が相手と異なり得ることを受け入れること。自分の価値観から生まれる素朴な言葉が、偏見や差別として相手を傷つけ得ることを自覚しておくこと。自分の振る舞いが相手の心の背景にどのように届くかを想像すること。想像は、新たな関係を創造する糸口にもなる。
 キャッチボールのコツは、ボールの「投げ方」と「捕り方」にある。自分は、相手のどこに向けて、言葉のボールを投げているだろうか。相手の気持ちを考えないキャッチボールは、続かない。楽しくない。気持ちが良くない。自分が無自覚に身に纏う特権が発する言葉の重みを、いかに自覚できようか。

(あらい・えいじろう 信州大教職支援センター准教授)
----------------------------