信州大学 教育基盤構築センター 荒井英治郎研究室

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【連載「コンパス」第39回】「令和の学校の姿―「官僚制」的な組織なのか」

【連載「コンパス」第39回】「令和の学校の姿―「官僚制」的な組織なのか」

 

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 2024年10月5日付の『信濃毎日新聞』の「教育面」( コンパス)に、第39回目の連載原稿を寄稿しました。

 

 今回のテーマは「学校と官僚制」です。


関心・興味のある方がいらっしゃいましたら、ご一読ください。

 

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【連載「コンパス」第39回】「令和の学校の姿―「官僚制」的な組織なのか

 

学校を一つの「組織」として見立てた場合、どのような特徴を見いだせるだろうか。

 

社会の近代化を論じたドイツの社会学マックス・ウェーバーは、組織は、家産的組織や人格的組織から官僚制組織へ移行すること、そして、官僚制組織は、人間の行為に予測可能性と計算可能性を提供することを示唆した。近代化によって社会の効率化・機械化が進むというのである。

 

 

学校も、例外なく合理化の流れの中で誕生した。

 

 

19 世紀初頭の英国。多くの貧窮児に対して効率的に教授活動を行うために発明されたのが「助教法」と呼ばれるモニトリアル・システム(Monitorial System)である。この一斉教授法は、優秀な年長者を助教(monitor)として採用し、グループに分けられた子どもの指導を行うものである。「教える者」と「教えられる者」を明確に分けるこの仕組みは、子どもを効率的に組織化する社会的技術として大きな効果を発揮した。義務教育制度の特徴(年齢に応じた学年区分、統一化・規格化されたカリキュラムなど)もその延長線にあると言ってよい。目的を達成するための手段として、極めて、合理的、効率的である。ぐうの音も出ない。

 

 

では、学校も「官僚制」的な組織なのか。米国の社会学者チャールズ・ビドウェルは、次のような特徴を挙げる。①「教員による教授」と「行政による調整」という労働の機能分割、②能力・適性に基づく採用とそれに応じた身分保障、③法的に根拠づけられた階層構造やコミュニケーションの規則性、④手続的ルールに基づく運用、⑤職場の自由裁量の制限─などなど。「官僚」イメージでおなかいっぱいだろうか。

 

 

平等を実現するという求めに対して、学校は「標準」的な成果を上げる責任を負っていると捉えてしまう。一人として同じ子どもはいないということを、頭ではわかっていながらも。

 

差別をしてはならないという求めに対して、教育活動の定型化を進めてしまう。子どもの育ちと学びは、非連続で、不規則であることを、身をもって知りながらも。

 

学校が「官僚制」的な組織に成り下がるタイミングは、随所に散りばめられている。では、この「近代社会の発明品」である学校を、令和に生きる私たち人間はどうしてくれようか。再生か、進化か、解体か、それとも。

 

理想と現実に板挟みされ、もがき苦しむ教職員が求めていることは何か。人為的になし得ることはないのか。
(あらい・えいじろう 信州大教職支援センター准教授)
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