信州大学教職支援センター 荒井英治郎研究室

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【論文】清水優菜・荒井英治郎「「学校版職業性ストレス簡易調査票」の開発」『教職研究』第13号,信州大学教職支援センター,2022年3月,14-34頁

【論文】清水優菜・荒井英治郎「「学校版職業性ストレス簡易調査票」の開発」『教職研究』第13号,信州大学教職支援センター,2022年3月,14-34頁

 

 

 『教職研究』の第13号に「「学校版職業性ストレス簡易調査票」の開発」と題した共著論文を執筆いたしました。

 

 

 近年、我が国でも学校を取り巻く労働環境と教職員のメンタルヘルスが深刻な状態にあることが共有されつつあり、政策課題化しています。例えば、平成28年度教員勤務実態調査では、平成18 年度調査と比較して平日・土日ともにいずれの職種でも勤務時間が増加し(1 日当たり、小学校平日43 分・土日49 分、中学校平日32 分・土日1 時間49 分)、高ストレス勤務が継続していることが明らかとなっており、教諭は仕事の量的負荷が多く時間的裁量が少ないこと、勤務時間が長くなるほどストレス反応が高くなり、その結果、メンタルヘルスが悪化することなどが示されています。さらに、国際教員指導環境調査(TALIS 2018)では、我が国の教員の勤務時間は参加国中で最も長いこと(小学校平均54.4 時間;中学校平均56.0 時間;参加国平均38.3時間)、事務的な業務が多すぎることや保護者の懸念に対処することについてのストレスが高いことなどが示されています。

 

 

 このような現状において管理職や政策決定者に求められるのは、学校ごとの労働環境やメンタルヘルスを把握し、効果的な対策を講じることであることは言うまでもありません。そもそも、労働環境とメンタルヘルス対策は予防の水準によって、従業員教育や管理監督者教育、職場の環境改善による未然防止を主とする「一次予防」、メンタルヘルスの不調をスクリーニングし、早期発見と対応を主とする「二次予防」、復職支援や再発防止を主とする「三次予防」に大別されます。労働安全衛生法の一部を改正する法律(平成26年6 月25 日)では一次予防がより一層重視され、平成27 年12 月1 日から常時50 人以上の労働者を雇用する事業場全てに「ストレスチェック」が義務付けられました。そして、ストレスチェックの結果に関する集団分析は努力義務として位置付けられ、労働環境とメンタルヘルスの改善につなげることが求められています。なお、組織レベルでの職場環境改善は、個人に対する介入よりも効果が持続しやすく効果的であることが実証されており、職場の物理的環境や労働時間、作業組織などを包括的に改善することが一層の効果をもたらすと考えられています。以上のことから、教員を対象にストレスチェックを行った場合、学校レベルにおいて集団分析の結果に基づいた職場環境改善を行っていくことが重要となります。

 

 

 我が国におけるストレスチェックの標準的な尺度として、新職業性ストレス簡易調査票があります(①作業レベル資源6 尺度8 項目、②部署レベル資源10 尺度16 項目、③事業場レベル資源6 尺度7 項目、④仕事の負担8 尺度14 項目、⑤心身の健康6 尺度29 項目、⑥仕事満足度1 尺度1 項目、⑦家庭満足度1 尺度1 項目、⑧職場のハラスメント1 尺度1 項目、⑨職場の一体感1 尺度1 項目、⑩ワーク・エンゲイジメント1 尺度2 項目の計42 尺度80 項目)。

 

 

 しかし、新職業性ストレス簡易調査票の42 尺度80 項目という項目数の多さは、多忙な学校教員にとって回答を行うこと自体に負担感があることが予想され、回答の信頼性が損なわれる可能性があります。また、多くの学校教員からストレスチェックに関する信頼性のあるデータを得ることができなければ、組織レベルの労働環境とメンタルヘルスを正しく把握することが困難となり、結果として職場環境が改善されないということは容易に予想がつきます。

 

 

 そこで、本研究では、新職業性ストレス簡易調査票の中でも、相対的に項目数の多い作業レベル資源(8 項目)、部署レベル資源(16 項目)、事業場レベル資源(7 項目)、仕事の負担(14 項目)、心身の健康(29 項目)の短縮版の検討を行いました。そして、検討した短縮版に、職業性ストレス調査票にある仕事満足度、家庭満足度、職場のハラスメント、職場の一体感の尺度、ならびにワーク・エンゲイジメント尺度を加えたものを「学校版職業性ストレス簡易調査票」として提案し、その上で、各尺度について学校間差、学校種差、年代差を検討し、学校教員のメンタルヘルスに関する基礎的な統計情報を得ることにしました。

 

 本研究で得られた知見は次の2点です。

 

 第1 に、本研究では、作業レベル資源(3 項目)、部署レベル資源(3 項目)、事業場レベル資源(3 項目)、仕事の負担(3 項目)、心身の健康(3 項目)、仕事満足度(1 項目)、家庭満足度(1 項目)、職場の一体感(1 項目)、職場のハラスメント(1 項目)、ワーク・エンゲイジメント(9 項目)の10 尺度28 項目からなる「学校版職業性ストレス簡易調査票」を開発しました。

 

 第2 に、本研究では開発した調査票の下位尺度について線形混合モデルにより基礎的な統計情報を検討したところ、主な知見として、次の2 点が示されました。その1 に、学校教員は学校、学校種、年代にかかわらず、仕事資源や心身の健康、仕事・家族満足度、職場のハラスメント、ワーク・エンゲイジメントについて肯定的な傾向にあるが、仕事に負担感を抱えていることが示されました。この結果は、学校教員の仕事の負担を軽減することが我が国の学校教育の喫緊課題であることを改めて確認させるものといえます。さらに、勤務する学校の違いにより仕事の負担の53%が説明されるという本研究の結果を踏まえれば、仕事の負担を軽減していくためには、教員個人の資質・能力を対象とした人材開発のアプローチだけではなく、学校組織を対象とした組織開発のアプローチに基づく業務改善の取り組みが重要となります。その2 に、30 代と40 代の学校教員は、20 代と比較して仕事資源や職場の一体感が低いことが示されました。勤務学校の違いにより仕事資源や職場の一体感はほとんど説明されないという本研究の結果を踏まえれば、若手教員や中堅教員における仕事資源や職場の一体感を改善していくためには、学校レベルだけでなく教員個人に対する支援に焦点を当てていくことが重要となります。

 

以下からダウンロード可能となっておりますので、ご関心のある方はアクセスください。


https://soar-ir.repo.nii.ac.jp/records/2000840#.Ykp_Ay_3KaA