信州大学教職支援センター 荒井英治郎研究室

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「9月入学」論議に関する情報提供①:臨時教育審議会「第三次答申」1987(昭和62)年4月1日

臨時教育審議会の「第三次答申」(1987年4月1日)の「入学時期」に関する記述

 

 

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臨時教育審議会 第三次答申

第5章 時代の変化に対応するための改革

第3節 入学時期
「秋季入学の問題については、本審議会発足以来、検討すべき課題として、その意義や必要性、指摘されている問題点、考えられる対応策等の諸点について慎重な審議を行ってきた。これまでの審議は、いまだすべての問題点を検討し尽くしたものとは考えていないが、現時点における本審議会としての一応の考え方を次のとおり取りまとめた。

 
 現行の4月入学制度は、明治以来長年にわたり、国民の間に定着してきた制度であるが、今後21世紀に向けて社会全体の変化を踏まえ、生涯学習体系への移行、国際化の進展、より合理的な学年暦への移行と学校運営上の利点等を勘案すれば、将来、学校教育が秋季入学制に移行することには、大きな意義が認められる。
 秋季入学については、他方において、夏休み中の子どもの教育指導の問題をはじめとして種々の問題点が指摘されているが、いずれも決定的な支障となるものではなく、移行に伴う教育上、財政上の負担が過大にならないよう、移行の方式について十分配慮するならば、秋季入学への移行は実現可能であると判断される。
 しかし、秋季入学への移行は、国家・社会全体に及ぼす影響が極めて大きく、最終的には、国民の理解と教育が得られなければ成功しない。本審議会は、各種の世論調査等でも現行の4月入学制を好む意見が強く、秋季入学の意義と必要性がまだ国民によく受け入れられていないことを十分認識しており、また今後検討すべき諸問題も残されている。
 本審議会としては、さらに審議を継続する。」

 


①秋季入学の意義と必要性

(ア)生涯学習体系への移行の視点
 本審議会は、第二次答申において、生涯学習体系への移行を主軸として、学校偏重の考え方を改め、21世紀のための教育体系の総合的な再編成を提案したが、このことは、今日肥大化した学校教育の役割を見直し、生涯学習の原点である家庭や地域社会の教育力の回復と活性化を図るとともに、生涯学習を可能にし、促進し得るような社会の制度と慣行を生みだす学習社会の建設を目指すものである。
 この場合、我が国学校教育における夏休みの位置づけをどうするかは、21世紀の教育に向けて、とりわけ義務教育においては非常に重要な事柄である。長い夏休み期間に、学校から解放されて地域社会において多くの人と接したり、自然と触れ合うなど様々な経験をすることは、子どもにとって大きな意味をもつ。とくに、現在の学校には、夏休みの過ごし方を含めて子どもの生活の全面にわたり、面倒をみなければならないというような意識があるが、家庭の教育力を高め子どもの自立心を育むためにも、夏休み期間には、子どもを学校から完全に解放することが必要である。学校も児童・生徒・学生のためだけということではなく、とくに夏休みなどはサマースクールとして社会に開放するというように考え方を変えていく必要がある。
 このため、秋季入学を重要な契機として、現在のような夏休みの位置づけを自明の理と考えることに慣れすぎている意識を変えていく必要がある。

 

(イ)国際化の視点
 国際化については、ただ単に外国のまねをするのではなく、日本古来の伝統で守るべきものは守るが、いろいろな制度や考え方で国際的に共通にできるものは、できるだけ国際社会のルールに合わせていこうという姿勢が必要である。これから世界とつき合っていく際に、受け身になるのではなく、我が国自らの意思として変えられるものは変えていくという積極的気構えが必要である。
 日本人は日本の同質社会の中で、閉鎖的になることが多いが、国際化ということは、異質文化との接触や摩擦を伴うものであることを十分認識し、日常の活動のなかで異質なものをなかなか受け入れたがらないという現在の弱点を積極的に克服していかなければならない。
 この点で、世界各国の学年の始期の現状を見れば、9月、10月開始の国が6割をこえており、また世界の約8割が学年と学年の間に夏季休業を置いている。この大勢に日本の学年の始期を合わせることにより、国際化を積極的に推進し、諸外国の教員や学生同士の交流、帰国子女の受け入れの円滑化を図ることには、大きな意義がある。

 

(ウ)より合理的な学年暦への移行と学校運営上の利点の視点
 秋季入学制にすれば、1年間を通じて、最も暑い時期に長い夏休みが置かれ、それが学年の終わりとなる。これは、学年の途中に長い夏休みが置かれている現行の4月入学制と比較して、子どもの学習・成長のリズムや学校教育のサイクルの観点からみて自然で、より合理的な学年暦である。
 学校運営上の観点から見ても、現在は3月末から4月始めの短期間に、教職員の人事異動があり、新年度の年間教育計画が作成されるというあわただしい状態となっているが、夏休み期間に人事異動が行われるようになれば、校長・教員も十分時間をかけて地域や学校の事情を理解した上で自らの考え方を反映しながら、新年度の準備を行うことができる。
 また、入学試験も現在よりゆとりをもって実施することが可能になり、高等学校や中学校の最終学年において、より充実した授業が行われることが期待される。
 21世紀に向かう日本は、子どもや教員ももっとゆとりのある生活が送れるような学年暦を採用すべきである。
 なお、高等教育については、第二次答申において「原則として2学期制を採用し、学期ごとに授業を集中し完結させる」ほうが、学習効果を上げる点からも望ましいことを提言したが、秋季入学制の中でこの2学期制をとれば、学生のサマースクールによる国際交流の推進を図ることも期待される。

 

(エ)教育改革へのインセンティブとしての期待
 教育改革の成否は、ひとりひとりの教師、ひとりひとりの親、学ぶ者自身を含む教育関係者と全国民の改革への意思にまつこところが大きい。秋季入学への移行は、単に学校だけでなく社会すべての方面に大きな影響を与えることとなるが、このことは、上記の生涯学習体系への移行等を含め、我が国の教育全般の在り方について、身近なところから現状を見直し、教育界をはじめ広く国民が積極的に考えることにつながることが期待される。

 

②指摘される問題点とその対応策
 秋季入学への移行の意義や必要性は、①に述べたところであるが、これについては、他方で、実施した場合の影響、方法・手順等の諸点に関し、種々の問題点が指摘されている。そこで、これらの諸点とそれについての本審議会の考え方を以下に述べる。

 

(ア)家庭、地域社会の受け皿の問題
a.実際問題として多くの婦人が社会に進出する傾向が高まるなかで、現在の週休二日制や夏季長期休暇の普及状況、社会教育の体制の整備状況等を考えた場合、家庭や地域社会が夏休み期間の子どもの受皿に十分なれるかどうかという問題がある、
b.さらに、日本の教師は、子どもたちについて学校生活に限らず広く学校外の生活指導にも関与する傾向があるが、このような教師の意識はむしろ美風であり、学校外のことについては一切関知しないというようにしてしまうことには大きな不安を感じる、
等の指摘があるが、家庭、学校、地域がそれぞれの役割を踏まえつつ連携し、三者一体となって子どもを育てるための環境をつくることは、今後の生涯学習体系への移行における大きな課題であり、現状を固定して考えるのではなく、家庭教育、社会教育等の充実を積極的に推進する方策を強力に展開するなかで、問題の解決を図ることが必要である。
 また、大人の夏季長期休暇の普及や学校に過度に依存する意識の変化など、秋季入学に適合した社会状況が形成されていくものと考えられる。

 

(イ)国際化
 諸外国の入学時期とのずれについては、
a.留学生については、秋季入学以外の国からも相当数が来ており、また、留学生の日本語教育、補習教育の便宜上むしろ半年程度のずれがあったほうがよく、留学生からも4月入学に関する不満は出ていない、
b.海外子女については、全体の中ではその数は少なく、義務教育ではいつでも相当年齢に編入できる。問題は現地の教育内容との差、言葉の点で日本の学校になじめないことであり、このことは入学時期の問題と直接には結び付かない。また、義務教育後の帰国子女については、高等学校、大学段階での秋季入学の許容、推進を図るようにすれば、目的は達せられる、
等の指摘があるが、今後の帰国子女の増加や我が国の留学生10万人の受入れなど、国際交流等の一層の進展を考える場合、我が国の基本姿勢として、入学時期を国際的に見て多い方の時期に合わせていくべきであり、また留学生の日本語教育の問題については、内外の日本語教育の一層の充実を図るなかで解決すべきものと考えられる。

 

(ウ)学校運営
a.仮に人事異動に余裕をもって実施したとしても、いずれにしても新任の校長、教員は前年の状況を知らないので年間教育計画の作成には効果的に関与しにくい、
b.現在、長い夏休み期間中を利用して行われている教員の採用試験が冬季になり、これまでに比して実施上の困難が生じる。また、現在夏休み期間中に行われている教員の各種現職研修が、人事異動や入試と重なることになり実施に支障がある、
等の指摘があるが、これらについては、秋季入学に移行しても、これに即した現職研修や学校運営等を実施することは可能であり、また人事異動には、夏休み期間中の余裕のある時期に行ったほうが準備の都合上も、授業への影響上も望ましいのは当然であると考えられる。

 

(エ)スポーツ活動との関係
a.秋季入学を実施し、夏休みを学年の外に位置付ける場合、各学校段階について夏休みが1回減ることになるが、夏休みにおけるスポーツ活動の機会の減少は大きな問題である。とくに、高等学校の場合には、長期の夏休みを活用して開催される総合体育大会等は、教育活動としての体育の成果が競われるという点で大切であるが、これを夏の時期以外に行うことは、寒冷地の気候等を考えると困難である、
b.一般的には、制度を諸外国に合わせていくことは重要であるが、高齢化社会を支え、21世紀の時代を生き抜くことができるような若者の活力を培っていくためにも、学校外の身体活動の機会が減少している時代のなかで、現在のように夏休みを活用して体力づくりをしていくことが一層大切になる、
等の指摘があるが、これらについては、これまでの学校体育中心の発想から社会体育中心の発想への移行を考えることこそ重要であり、指摘されているようなスポーツ行事遂行上の問題点も、個別に解決することは可能であると考えられる。

 

(オ)会計年度との関係
 秋季入学を実施すれば、新しい教育年度と4月から翌年3月までの現行会計年度とのずれが生じる。このことについては、財政制度上は対応が可能と考えられるが、実態面では、国、地方公共団体、学校での予算・会計関係の事務量が増大し、煩雑になることが予想される。しかし、この多くは移行期間中の問題であり、その期間が過ぎれば新しい方式に習熟していくものと考えられる。なお、現に、大多数の国では、国の会計年度と教育年度はずれているがとくに支障があるとは聞いていないことに留意すべきである。

 

(カ)就職等の問題
 秋季入学を実施すれば、全国の企業・官公庁における採用、昇進、退職等に至る人事管理全般をこれに合わせて修正する必要があり、これへの対応は困難ではないか、との指摘がある。これについては、現行でも年度途中の採用は少なくなく、秋季入学に移行するとすれば、企業、官公庁の採用システム全体に影響があるのは当然であるが、企業等を含め日本の社会全体は、十分これに対応し得る柔軟性をもっていると考えられる。


③秋季入学への移行の方式


(ア)秋季入学への移行の基本的は方式としては、小学校第一学年から順次新学年に切り替えていく「学年進行」方式と、小学校から大学まですべての学校・学年を一斉に新学年に移行させる「一斉移行」方式に大別することができる。本審議会としては、仮に秋季入学に移行する場合には、これまでの検討の結果、現時点では、次のような方式が比較的問題点が少ない方式ではないかと考えるが、なお検討の必要がある。
a.移行期間中の新旧両学年の混在を避けるため、移行は全学年一斉に2年間に分けて行うこととする。
b.最終的には、9月から翌年8月の学年制をとることとし、初年度は経過措置として6月入学とし、次年度からは9月入学とする。この場合、移行期間中の終業と入学・始業のずれは待機期間とする。

 

(イ)財政上の問題点と移行時期
 上記の方式は、移行期間初年度の小学校第一学年に14ヶ月分、次年度の第一学年に15ヶ月分の児童が入学することなどにより、通常時に比して児童の増加分に対応した教職員等の増が必要となり、これをまかなうため相当の経費の負担増が見込まれる。しかし、他方では、これについては、今後児童・生徒数が減少していくので所要教員数の大幅な減少が見込まれ、現在、この自然減等を考慮しながら、教職員の定数の改善による40人学級の実現等の施策が推進されている。その施策以外の自然減分については、教職員定数の改善等他の需要との問題もあるが、これを秋季入学への移行に使うものとして移行期間を設定するならば、移行期間中の児童・生徒数の増があっても、大局的には、現在より施設や教員の増はほとんど必要ないものと思われる。ただし、私立学校については、秋季入学に移行する際、3月、4月には入学金、授業料が入らなくなり、また待機期間中も教職員の人件費を負担しなければならず、これは経営上大きな問題となるので、その財政負担の方法等については、例えば学費徴収の前倒し等の方法が考えられるが、なお今後の検討課題である。しかし、秋季入学へ移行することは、財政負担の面から実行不可能な課題であるとは考えられない。

 

(ウ)上記のような移行のほかに、当面、まず大学において、学期ごとに授業を集中し完結させる2学期制を積極的に推進し、春でも秋でも入学ができるようにするとともに、高等学校等でも外国との高校生交流、帰国子女の受入れを円滑にする視点から秋季入学の制度を許容するなどの方策を進め、その成果を見守りながら全般的な学校体系の秋季入学への移行の条件を整えていく方式も現実的な方策として十分検討する必要がある。また、大学の秋季入学を先行させる方式もあり、これには大学入学までに空白期間が生ずるなどの問題があるが、なお今後検討する必要がある。


④国民世論への配慮と今後の進め方
 秋季入学への移行は、以上の通り実現不可能な課題ではないとしても、このことは国民生活全般へ及ぼす影響が大きいので、その成否は、結局のところこの問題に関する国民ひとりひとりの理解と協力が得られるかどうかにかかわっている。この点については、長年の慣習として我が国に4月入学が定着していることもあり、各種の世論調査や本審議会に寄せられた教育関係団体の意見等においても、春(桜の咲く頃)の入学を好む国民感情をはじめとして、現行制度を維持する方向の意見は極めて強く、必ずしも秋季入学の意義と必要性が国民一般に受け入れられているとはいえない。
 本審議会としては、最前の提言をまとめるべく、さらに審議を継続する。

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