国家論

今月から息子の離乳食をあげてから仕事にくるようにリズムをかえたため、仕事も1時間遅くすることにしました。

今日は1日依頼原稿に取り組みました。
あいかわらず文字数オーバーですが、ゴールが見えてきました。
明日畳み掛けをしたら、少し寝かせるつもりです。




【本日の一手】

江幡裕(2010)「公教育制度の国家論的特質―『教育への国家関与』の必然性と意味」『平成法政研究』第15巻第1号,平成国際大学

先日、平成国際大学の江幡裕先生から送っていただきました。
どうもありがとうございます。

以下、印象に残った記述をメモ。


●国家論をめぐる課題設定
「社会と国家とはどのような相補的・構造的な関係にあるのか、あるいは社会は国家の存立にとっていかなる前提的な存在でありかつ国家は社会に対していかなる役割を果たしているのか」

「今日の公教育制度研究にあっては、「教育への国家の関与」は所与の前提とされてしまっていることが多く、そのことの根拠や意味についてはほとんど検討されることはない。
公教育法制・制度の法解釈学的な展開、公教育の法制度と制度実態の比較検討を中心とした制度批判の展開、さらにはあるべき制度理念や制度構造を提起せんとする教育制度改革論の展開といった主要な研究領域においては、
「今ある制度」を支えている基本的な制度原理や構造改革特区を本質追究的な観点から考察する姿勢が弱く、その現れ方は多様であるが、研究考察主体が選択・構想する公教育思想(公教育とは、公教育の役割とは)
とか公教育のあるべき原理や目標といったものを仮説ともし結論ともするような理念的論的(「べき」論的な)展開が多くなされているように思われる」(45頁)


「公教育制度にあっては、「国家の教育意思(教育政策、教育立法、教育裁判)と「国民の教育意思」とを対置して、前者と後者との距離・乖離を個別実証的に解明しながら前者を裁断(批判)するとか、後者のありようの実態や変遷の中にこそ「あるべき公教育の理念を探求するとかといった主観的・理念的な方法姿勢に対して十分に禁欲的でなければならない」(79-80頁)


公教育制度研究とは、
「公教育の現実を規律し支えている原理なり原則なりは必ず歴史的、社会経済的な現実(および公教育の現実)の中に
その存在・機能の必然性(根拠)があること、したがってその基本原理や原則は「流行」であり、必ず限界や矛盾を内包しているものであることも共通な認識としながら展開される、批判的なあるいは対抗的な研究なのであろうと思われる」(81頁)