信州大学教職支援センター 荒井英治郎研究室

信州大学教職支援センター 荒井英治郎研究室に関するブログです。

リプライ


本日は、日本教育制度学会で発表した内容に対する会員からのコメントに対するリプライを作成。
時間が経過しているので不十分な点もありますが、なんとか提出できました。遅くなりすいません。



その後、種々のところから電話がありましたが、うまくさばくことができ、
午後はプロジェクトの資料整理+資料の読み込み。


複写請求をしていたものや図書購入を計画したものたちが大量に到着しましたので、書誌情報をまとめていました。

今回のように100を超える論文数ですと、大変な作業になります。
これがオートマ化されればどんなにいいかとは思いますが、
書誌情報をきちんと書いておく作業は、論文に改めてラベリングをしてあげる作業でもありますので必須となります。
そうしないと迷子になってしまいますので。



別件ですが、本日午後に出版社から書評の仕事が入りました。2月上旬〆切ですが、うまく時間を効率化して乗り切りたいと思います。



あと、今月末の29日に東京出張も入りました。
これまた早朝に松本を出発し、午前と午後2つの仕事をやり抜きます。


他方、当初28日前後に沖縄県への出張が入りそうだったのですが、
授業等の関係であえなく断念。
暖かいところに飛んでいきたいこの頃ではありますが、またの機会に期したいです。


明日は東京出張。
今回も複数案件がありますので、またしても早朝に車で出発し、午後に非常勤、深夜に松本に帰還する予定です。ガソリンを入れて帰らないと。。。





【本日の一手】

松嶋秀明「教師は生徒指導をいかに体験するか?―中学校教師の生徒指導をめぐる物語」『質的心理学研究』第4号,2005年。



研究室の後輩の武井さんから紹介していただいた文献。

昨年末に教えてもらったのですが、ようやく読了。


「質的心理学研究」の領域の議論は本当に疎いですが、とても興味深く拝読しました。次年度の生徒指導概論の授業でも活用させていただこうと思っています。

紹介してくれた武井さん、感謝しています。

以下、要約部分を記載しておきます。

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本論では、中学校教師たち、なかでも生徒指導にかかわった教師達は、生徒をいかなる存在としてとらえ、自らの関わりをどのように意味づけているのだろうか、この問いに答えるべく、教師へのインタビューの解釈的な探求を試みた。

語りの内容を総合すると、(1)生徒を集団の一部として/個人としてとらえる視点軸、(2)生徒を教師に比べて未熟な存在として/生徒を教師と対等な存在としてとらえる視点軸という、2つの相矛盾するような視点対によって構成される軸に言及していた。

なかでも教師がそれぞれの生徒とのかかわりのなかで重視しているのは、「人間的なつきあい」と称される、生徒への半ば対等な関わりである。そのことは教師に葛藤を感じさせることもあれば、重要な思い出として本人の指導観を大きく左右することもある。また、この軸は明確な境界というよりも、教師の実践のなかでその都度、揺れ動くものである。


揺らぎをふくみつつ、教師が対話的に生徒にかかわることで、生徒からは次第に教師が「動かない/不変の」対象として存在するように体験されること、それが生徒にとっては肯定的に評価され得ることが仮説として示された。

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