ラッチョ

今日は午前中、11月分の出張や各種関連書類の処理におわれ、
午後は、部の会議と繊維学部(上田キャンパス)での授業でした。

12月を乗り切るべく、早朝には研究室の掃除をし、
少しは綺麗になりました。なんとかあと1ヶ月仕事を乗りきりたいところです。



【本日の一手】

①網谷龍介「<書評論文>比較政治学における『理論』間の対話と接合可能性―小野耕二『比較政治』(東京大学出版会、2001年)を手がかりに―」『レヴァイアサン』第32号,2003年。


②世取山洋介「新自由主義教育改革と教育の公共性」『法学セミナー』第595号,2004年7月。



掃除をしていたらポロっと出てきたのでついつい再読。



①の冒頭には次のような趣旨が書かれています(173頁)。

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近年の政治学における合理的選択アプローチの隆盛はどのような意義を持つのだろうか。一つの答えとして、実証分析の理論的・方法論的な基礎への意識の高まりをあげても差し支えあるまい。本稿は、比較政治学の近年の動向を鳥瞰し合理的選択を中心としたアプローチ間の相互対話の有用性を主張している小野耕二『比較政治』を手がかりに、……現在の比較政治学における諸手法の関係とその接合可能性について、考察するものである。

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小野耕二の本は下記のものです。

比較政治 (社会科学の理論とモデル)

比較政治 (社会科学の理論とモデル)

いわゆる「ラッチョ」をめぐっては種々の議論が展開されていますが、
教育領域ではほとんど援用されていないように思われます。



一方、②の論文の冒頭には下記のようにあります。

                                                                                • -

本稿は、アメリカにおける新自由主義教育政策の基礎に座っている理論を下敷きにしながら、日本における新自由主義政策の進展の程度を測定し、新自由主義教育改革において組織されることになる教育の公的事業としての性格を、立憲主義を想定しているはずの教育の公的事業としてのあり方から批判的に検討することを目的としている。

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同論文では、新自由主義教育改革を
(1)「市場」を基礎にする理論の何点
(2)「契約」を基礎におく理論の優位性

という二つの観点から説明を行っています。

本稿の最後の一文にある指摘はとても首肯させられるものでした(54頁)。

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それでもなお、新自由主義が難敵であるのは、それが用意するインセンティブ(報奨と罰)が組織を第一次的な対象としているため、個人の自己規制、あるいは組織による個人の抵抗の自主的抑圧を招き易く、個人の自由の制限を顕在化させにくいことによる。今後の行方は、各学校・国立大学法人における、組織としての、立憲主義の理念に対する確信の程度に、相当にかかっているというべきなのであろう。

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以下、関連書で書棚にあるものをピックアップ、

新自由主義―その歴史的展開と現在

新自由主義―その歴史的展開と現在

新自由主義の嘘 (双書 哲学塾)

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新自由主義の破局と決着―格差社会から21世紀恐慌へ

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新自由主義教育改革―その理論・実態と対抗軸

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論争 グローバリゼーション―新自由主義対社会民主主義

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